人はみんな、同じ ─ 世界と駒込を旅するマンガ家・織田博子さん


 ヒューマンインタビュー第3回は、イラストレーター/マンガ家の織田博子さん。



織田博子(おだ ひろこ)

食を旅するイラストレーター/マンガ家。

「世界家庭料理の旅」をテーマとして、ユーラシア大陸一周半旅行に行ってきました。

現地の空気感あふれるイラストやマンガが特徴。世界のおばちゃんやおじちゃん、家庭料理を描いています。

ウェブサイト:織田博子 作品集(http://www.odahiroko.skr.jp/

Facebook https://www.facebook.com/illust.odahiroko/

Twitter:@OdaHirokoIllust

Instagram:@odahiroko



 『女一匹シベリア鉄道の旅』、『女一匹シルクロードの旅』(イースト・プレス)をはじめ、世界を旅するコミックエッセイを執筆されるかたわら、豊島区を楽しむ雑誌「MIOSK(ミオスク)」や、駒込の情報がつまったフリーペーパー「こまごめ通信」の主宰・編集・作成などと、地域に根ざした表現活動にもアクティブに取り組む織田さん。そのイラストは、皆の朗らかな笑顔と、美味しそうな食べ物の描写がとても印象的です。お話を伺うと、ロシア料理のワークショップなども開催されておいでとのこと。「食べること、料理することが大好きなんです」と、明るく笑います。


「羊たちの晩餐」(おいしい中央アジア協会 メインイメージ/イラスト:織田博子)




 筆者が最初に織田さんの作品に出会ったのは、駒込に引っ越して「こまごめ通信」を手に取った時でした。まだ引っ越したばかりで、どこか緊張しながら毎日を過ごしていた時、駒込の情報をほのぼのと、どこかゆったりとした語り口で伝えてくれるエッセイ、そして4コママンガに登場するネコ/ゴメスの可愛らしさに魅力を感じました。そしてひと目で、愛情をこめて作られたこのフリーペーパーのファンになりました。






「最初に読まれた『こまごめ通信』は、〈ズッキーニのサルシッチャ詰め〉(イタリア料理研究家・キアラさん)の記事が載った号だったんですか? あれは、特別拡大版だったんですよ。たしか、スーパー特集でしたね、染井銀座商店街のサカガミさんとか、エネルギースーパーたじまさんのことが書かれていたと思います」





「『こまごめ通信』は2019年の4月から始めました。2017年から豊島区の雑誌『MIOSK(ミオスク)』に携わるようになったのですが、その後に出産して。以前に比べて、あまり出歩かなくなったけれど、地元の駒込ってすごく素敵な街じゃない?って、改めて見直したんですね。そして当時、百塔珈琲Shimofuriの店長でらした、しば田ゆきさんの提唱で、駒込に密着した『こまごめ通信』の発行を始めました」



「こまごめ通信 1巻」表紙




「駒込に住んでから9年になるのですが、霜降銀座商店街の中に百塔珈琲Shimofuriが出来たのが、駒込の空気を変える静かなターニングポイントだったんじゃないかな…って、ずっと考えています。それまではごく普通の商店街で、人がスルーッと通過していくだけだったんですが、百塔珈琲Shimofuriが出来たことで、人がそこに留まるようになったんですね。そうすると、商店街の八百屋さんやお肉屋さんでお買い物した人が、ひと息つこうとカフェに寄るようになってきたんです。人が滞留すると、そこに文化が生まれてきます。面白いことが生まれてきます。そんな中で生まれてきたのが、Facebookコミュニティの〈駒込を楽しみ隊〉だったり、『こまごめ通信』だったり。ロシア料理のワークショップをやらせてもらったのも、百塔珈琲Shimofuriでのことでした。街のカルチャーってこうやって生まれていくのかな…って、すごくわくわくしましたね。そのリスペクトを込めて、今年の春に出版した『こまごめ通信 1巻』では、百塔珈琲Shimofuriを表紙に描きました」


 

 「こまごめ通信 1巻」の表紙を見ると、織田さんの言葉の通り、百塔珈琲Shimofuriの前にちょこんと座ったゴメスが、こちらを見つめています。こちらは、霜降銀座商店街の中のフタバ書店さんで入手可能です。




ロシア・シベリア鉄道で、同じ部屋の家族と




 織田さんが注ぐ、〈街〉への愛情深い眼差し。それは、〈街〉で暮らす人々への眼差しそのものです。その暖かい眼差しは、国境を越えて世界中の人々へ注がれていきます。


「2010年に勤めていた会社を辞めて、その時に『ひとりで世界を回ってみよう』って思ったんです。そしてひとりで向かったのが、夏のロシア。シベリア鉄道で回りました。でも、ロシアに対する最初の印象は、必ずしもいいものではなかったんです。むしろ、怖かった。


 けれど、『ロシアのマンガを描きませんか?』とお誘いを受けて、『女一匹シベリア鉄道の旅』を描くことになって。その時の体験を描く過程で、たとえば『あの時、すごく怒鳴っているように見えたあのおばちゃんは、実は何かを教えようとしてくれていたのかもしれない』ってことに気がついたんです。第一印象は悪かったけど、実はすごくいい人だったんじゃないか…みたいな。すごく、わかりにくいんですよ。でも、無意識に沈んでいたものを、言葉とイラストによって再発見していくことで、過去の出来事の意味がようやくわかりました。この作品を描くことで、私はロシアに出会え直せたんだと思います。だからよく、〈遅効性の毒〉って呼んでいます。ほんとね、ロシアの人たちって、あったかいんですよ」




「女一匹シベリア鉄道の旅」(イースト・プレス)より




「2冊目の本は、最初は『女一匹ウズベキスタンの旅』にしたかったんですけど、出版社からダメ出しが来ちゃって。考えた末に『女一匹シルクロードの旅』というタイトルになりました。この本も、どうしても伝えたいという想いがあって描いたので、出せて嬉しかったですね。


 そして、3冊目は『女一匹冬のシベリア鉄道の旅』。1冊目を描いた時は夏のツアーだったんですけど、今度は全部ひとりでコーディネートしようと決めました。東京から鳥取の境港まで青春18きっぷで36時間かけて向かって、それからウラジオストクまで韓国経由で船で向かって。そして、あれこれ乗り継いで、3週間かけてモスクワに到着しました。この話をすると、『マルコ・ポーロみたいだね』って、みんな目を丸くします」




「女一匹冬のシベリア鉄道の旅」(イースト・プレス)より




「ロシアは4月でも、まだマイナス20度くらいなんです。大きな川が凍ってて、その上を車が走れちゃう。ロシアの人がよくかぶっているモフモフした帽子、ありますよね。あの帽子をかぶらないと、脳味噌が凍るよ、って言われたりもしました。確かに、帽子をかぶらないで歩いていると、あまりの寒さに毛細血管が収縮して、どんどん頭が痛くなってくるんです。10分以上歩くと、命の危険を感じましたね。マイナス10度から、マイナス5度に気温が上がった日には、みんな『今日は温かいね』って、アイス食べてました。そしてこの気温だと、アイスの方があったかいんですよ…!」






「この旅の目的は、〈ブラン村のおばあちゃん達〉の住むブラン村に行くことでした。〈ブラン村のおばあちゃん達〉というのは、ロシアの中のウドムルト共和国で音楽活動をするアイドルグループのおばあちゃん達なんです。2014年のソチオリンピックの開会式で、伝統の衣装を着て踊りながらウドムルト語で歌うおばあちゃん達の姿を見て、いっぺんにファンになってしまって。でも、おばあちゃん達は、村でのじゃがいもづくりなど大事な仕事があるから、遠い日本ではコンサートは出来ないんです。それだったら、自分が行くしかない!と思って、行くことを決めました」


(※この時の模様が、織田さんのWebサイトの記事「『ブラン村のおばあちゃん達』を訪問したことが、ロシアのニュースになりました」にまとめられています)



ロシア・ウドムルト共和国ブラン村で、〈ブラン村のおばあちゃん達〉と織田さん




「村に行けるだけでいいって思っていたのですが、サプライズで会わせていただけて…。その時に、私もウドムルト共和国の民族衣装を着させてもらえて、おばあちゃんたちと一緒に写真を撮れたんです。人生でいちばん嬉しい瞬間でした。いまも、その写真をFacebookのアイコンにして、大事にしています。宝物ですね」



 愛する〈ブラン村のおばあちゃん達〉に囲まれて微笑む織田さん。その満ち足りた表情から、旅の充足感が伝わってきます。




「女一匹冬のシベリア鉄道 特製余録」(イースト・プレス)




「この旅のことが語りきれなくて、描いたマンガが100ページ以上オーバーしてしまって…なので、4冊目『女一匹冬のシベリア鉄道の旅 特製余録』を電子書籍で出版しました。その後、ひとり目の子供を出産して、1歳4ヶ月になった時に、子供も連れてスウェーデンとフィンランドに行きました。その時の模様が、5冊目の『北欧!自由気ままに子連れ旅』にまとめられています。いまは、6冊目の本に向けて準備を重ねています」


 現在制作中の6冊目の本は、世界の家庭料理についての本だそうです。楽しみですね。




中央アジア・ウズベキスタン、ブハラで。タジク人家族と一緒に

シベリア鉄道で開かれる飲み会に参加

ウズベキスタン・サマルカンドの家族と一緒に、「ハヌーン」を作って食べる




 人々へ注がれる、織田さんの愛情深い眼差し。その眼差しは、更なる未来にも注がれます。



「自分にとってのテーマが、〈人はみんな、同じ〉ってことなんです。国や言葉や文化が違っても、たとえば家族を大事に想う気持ちだったり、失敗したらへこんだり…根本的なところで、人はみんな同じなんです。そういうテーマも、これまでの作品を描く中で見えてきたものですね。


 ただ、もちろん違いもあります。2017年8月21日に発足したFacebookコミュニティ〈駒込を楽しみ隊〉には、現在700人ほどのメンバーがいますが、その投稿を見ていると、それぞれの視点の違いが楽しいです。たまに、そうなのかな?と思うこともありますが、基本的には否定はしません。まずは、肯定します。自分が知らないだけで、駒込にはそんな一面もあったのかもしれない、って受け入れてみます。また、『こまごめ通信』の編集部は3人で運営しているんですが、その時のアイディア出しでも、お互いにすごく肯定しあうんです。そうすると、意見交換が活発になって、よりいいものが生まれてくる。そうでないものは、自然と淘汰されていくので、いい循環だと思います」



百塔珈琲Shimofuriでの「朝シナモンロールの会」の様子




「どんな子供だったか…ですか?小学校低学年の頃は、ひとり静かに本を読んでいる子供でしたが、その頃からものづくりが好きでした。漫画を描いて見せるようになったのも、その頃です。高校生になったら、文化祭で自分で企画を出して、運営していって…お祭り好きだったんですね。でも、その日々が今につながっているのかもしれないと思います。


 フリーランスになって3年目になる頃でしょうか、『楽しいことだけをしよう』って決めたんです。自分が楽しいと思えること、面白いと思えることを追求していこうって。お金にはなるけれど気が進まない仕事と、楽しいと思える仕事だったら、必ず後者を選ぶようにしています。そんな中で、街や地域の文化活動にも携わるようになって、人とのつながりも生まれていって、そこから新しい仕事にもつながったりしていきました。だから、〈楽しい〉って気持ちはバイタリティの源です」




百塔珈琲Shimofuriでの「朝ピロシキの会」の様子





「これまでは街の中の楽しい、面白いことを見つけて、伝えてきたけれど、もしかしたら『〈面白い〉ことを作り出して、発信していく』っていう新しいフェーズに入ったのかもしれないな、って感じています。いま、不動産会社の方と、駒込の新しい魅力について話し合いを重ねているところなのですが、その中で言われたことが『駒込のコミュニティはすごくうまく機能していて、熟成されていますね』ってことでした。確かにそうなんだろうな、って思います。街の人の声と、お店を出す側の想いがうまくマッチングして、その結果生まれたお店がどんどん軌道に乗っていくのを見ていると、〈自分たちで街をつくる〉っていう駒込の人たちの気概も感じます。そういうのを見ていると、街が未来に向かって変化し続けていくのを感じますね。


 今はこんな状況で、みんな制限を受けた状況の中で暮らしているけれど、こんな中だからこそ、変化し続けることが未来への鍵だと思うんです。変わらないことこそが、いま一番大きなリスク。他にもいろいろなアイディアの種は生まれています。たとえば、〈バーチャル駒込ツアー〉。駒込に来たい人に向けて、地元の人だからこそ知っている情報をまじえて、オンライン上で発信していけたら楽しいな、って思っています。他にも、駒込にはいろんな面白い人たちがいるから、そういう人たちを集めて〈駒込大学〉って市民大学を立ち上げるとか…。夢はいろいろ広がります。あと、寄合所みたいに、みんなが集まれる場所があるといいな。


 これからの時代は、みんな、もっと自由になっていくといいですね。これまでの慣習が消えて、新しいライフスタイルに切り替わって行くタイミングになったらいいな、って思います。いろんなことを試していって、たまに失敗して、でも試した結果を未来に繋げていければいい。そんな循環の中で、更に〈面白い〉ことを生み出していけたら、いいですね」



 織田さんは、確かな未来を見つめながら爽やかに笑いました。




「世界のおじちゃん」シリーズ 「ドイツのハインツ」




 インタビューはzoomでおこないましたが、織田さんの後ろにかかった向日葵のような笑顔のおじちゃんのイラストから、世界中のさまざまな街に暮らす人々への深い愛情と、〈人はみんな、同じ〉と語られた暖かく揺るぎない信念が、浮かび上がってくるようでした。


 織田さんのますますのご活躍をお祈りしております!




(文:藤野沙優)




Human Interview

「ヒューマンインタビュー」では、 いまを懸命に生きる方々の 〈声〉をお届けしていきます。

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