音楽と英語の融和に向けて ─ オペラ歌手・村山 舞さん
ヒューマンインタビュー第1回は、オペラ歌手(ソプラノ)・村山 舞さん。
村山 舞(むらやま まい)
東京音楽大学声楽演奏家コース卒業、同大学院オペラ研究領域修了。二期会60期マスターコース修了。'15、'16研修生成績優秀者コンサート出演、修了時、成績優秀者修了コンサートに出演。本科修了時、奨励賞受賞。
オペラ「フィガロの結婚」伯爵夫人、バルバリーナ、「ボエーム」ムゼッタ、「修禅寺物語」楓、「魔笛」童子Ⅱ 「アメーリア舞踏会へ行く」メイド役に出演の他、地元、小田原市にて青島広志さんのブルーアイランド企画「ヘンゼルとグレーテル」露の精役等に出演、小田原市役所ロビーコンサート、かもめコンサート等に出演。二期会サロンコンサート、大阪ヒルトンホテルアトリウムコンサート、さいたまシティオペラガラコンサート、品川区において「クラシックライブを楽しむ会」の演奏会「オペラ大好き」に各回出演。第31回ソレイユ音楽コンクール入選。さいたまシティオペラ会員。東京ミュージックアーツ会員。二期会ソプラノ準会員。2020年9月、さいたま市民オペラ メノッティ作曲《チップと犬》に王女様役で出演予定。同年11月Nissay Opera 二期会オペレッタ劇場 レハール作曲《メリー・ウィドー》にマキシムの踊り子役で出演予定。
大手英会話スクール非常勤講師。
2020年11月のNISSAY OPERA・二期会オペレッタ劇場《メリー・ウィドウ》では、パリのキャバレー「マキシム」の踊り子としてご出演が決まっている村山さん。
「公演まではまだ半年ほどありますが、体力をつけようと走り込みも始めました」と、爽やかに笑います。
さて、多数の舞台でオペラ歌手として活躍中の村山さんには、〈英会話講師〉というもう一つの顔があります。
「3歳の時に、母が〈英語であそぼう〉というカセットを買ってくれたんです。それが気に入ってしまって、『続きも買って!』とせがんで(笑)。母も英会話を勉強していたのですが、一緒に学ぶというよりも、ひとりでカセットから流れる声と一緒に歌うという感じで……うん、ずっとひとりで、独学で英語は学んできましたね。
3つ上の兄が高校2年生の夏休みに短期留学したのですが、私も同じように経験したくて。そこで、高校2年の夏休みに3週間カナダのバンクーバーにホームステイ&短期留学しました。今にして思い返すと、当時は少しの単語と片言を話せる程度で、授業で先生が話してる事が分かりませんでした。他国のクラスメイトとのペアワークでも、"あなた分からないから、答え教えてあげる"と言われる始末。
でも二週間が経ったところで、いきなり英語が耳に入ってくるようになり、慣れてきたのを実感しました。学校のあるダウンタウンから海を超えたノースバンクーバーのホストファミリーの家にはバスで帰るのですが、ある日疲れて寝てしまって、起きた時に見慣れない光景にあわてて降りました。海外のバスで寝落ちなんて危ないですが、のどかなバンクーバーで旅の疲れも出て来た頃でした。
向こうのバスってバス停の名前が表示されないのです。景色で覚えるんですけど、景色がどこも似てたんです、家の。実際は5駅ぐらい早く降りちゃったんですが、周りは大きな家、家、家。お庭で水やりでをしているお宅に"Excuse me. I am lost"と迷子になった旨を伝えて、持っていたホストファミリーの住所を見せました。当時はGPSもなく、そのお宅のお父さんが紙の地図を持って来てくれて、ジェスチャー混じりで"この道を1kmぐらい上がれば着くから"って教えてくれました。困ったことがあると人は勇敢さを見せるのか、今まで自信持って話せなかったのですが、人が変わったように必死に英会話を試みた瞬間で、今でも覚えています。
日本に帰ってからは、当時ハマった映画『オペラ座の怪人』のスクリプト本をアメリカから送ってもらいました。そのセリフを見ると、高校で習ってる文法がたくさん使われていることに気づきました。当時、学校で習う英語は活きた英語じゃない。という風潮がありましたが、いえいえ、全然。そんなことは、ありません。文法の基礎はすべて教科書一冊でマスターできるのです。それに気づいてからは、文法の仕組みを暗記するまで書き続けたり、セリフの文章などを通じて自分に馴染みのある例文を作ることを覚えました。
私が育った小田原市で通っていた普通高校では、留学しているような人はまだ周りにいませんでした。だから帰ってからは、何が何でも英語テストでは満点を取るべく、毎日テスト勉強の期間は5時間ぐらい勉強してました。他の教科は全然真面目にやらなかったですが……(笑)。それからも一人ごとを英語で喋ったり、日記を英語で書いたり、一時期Tweetなども英語で投稿してました。音大に進んでからは、週末には結婚式の聖歌隊で歌っていたので、空き時間に牧師の外国人の先生と積極的に話すようにして、英会話の練習に取り組みましたね。」
その後も独学で英語の勉強を続け、講師として教える立場になった村山さん。これまで教えてきた生徒さんは、のべ600人以上にものぼります。
「大学院修了と同時に大手英会話スクールの非常勤講師に就任しました。最初から社長面接があったことが印象的でした。課題は日本語で自分のことを話すのと、筆記テストでした。私は人前で演奏しているので、教えるときも堂々としてる印象だったようです。周りの同僚の先生は皆さん海外生活歴が長かったり、向こうの大学を出てたりとすごい方々。そこに一人、音大卒の私が紛れ込んだわけです。教え始めは自信がなかったですが、生徒さんや同僚にはよく〈発音〉を褒められました。音楽をやっているので耳の感覚が良いのと、歌っているので発話や発音にも敏感だったのだろうと思います。
歌うことと、英語を教えることは、〈伝えたいことを、伝わるように伝える〉という点に共通点がありますね。英語の方ではいま、週に10レッスン以上担当していますが、単語の選び方ひとつを取っても、その人らしさが表れてくるので、これも立派な〈表現〉だと感じています。あらかじめ定められた言葉をいかに表現するかに個性が表れる歌とは、対照的ですよね。」
「講師としての私自身も、多くのことを学んでいます。教えながら、自分の英語も振り返っているのを実感します。今勤めている学校は都心の真ん中にあり、色々な職種の方が通っていらっしゃいます。企業の社長さんや、ゴールデン街のママさん、モデルさん、ホストさん、テレビ局のエンジニア、学生さんから、子供まで。音楽だけでは知り得なかった世界のお話を、レッスンを通してお聞きできるのはすごく貴重な体験です。」
研鑽を重ねた英語の能力を活かして、最近では英語でのナレーションにも活躍の幅を広げられています。
「医療用のテクスト(『麻酔科医師・手術室看護師のための周術期英語コミュニケーション Perioperative Communication in English 』 Andeto社より4/10発売予定)を担当したんですが、チャプター1から16まで、それぞれ違ったアプローチで読んでいかなければならなかったんです。ここではカトリーヌ・ドヌーヴで、とか、こちらではウーピー・ゴールドバーグで、とか(笑)。役ごとの演じ分けも、とても楽しかったです。また、専門用語も多かったので、とても勉強になりましたね。
ただ、残念だったのが、マイクの扱い方に慣れていなくて、声楽家として鍛えた〈声〉を充分に活かしきれなかったこと。今後も英語ナレーションの仕事が入っているので、その時には身体だけでなく、空間をうまく使って、私らしく語っていきたいです」
〈オペラ歌手〉と〈英会話講師〉、ふたつの顔を併せ持つ村山さんには、今後の目標があります。
「英語の〈発音〉に特化したクラスを、より広く開いていきたいんです。これまで以上に英語の必要性が高まっている今の時代ですが、ビジネスの場面では〈発音〉がネックになっているという例をたくさん見てきました。これって、本当に勿体ないことだと感じています。日本語って、顔の筋肉も、腹筋もそんなに使わずに済んでしまうのですが、英語をはじめとしたヨーロッパ系言語は全身のあらゆる筋肉を使わなければ、相手に伝わっていきません。
ある研究結果では、ドイツ語は日本語の18倍、体を使うことが明らかになったとか……。私個人の経験から言っても、英語で多く会話した後は、腹筋を使った後なので歌いやすくなります。
私の特徴は〈私の英語はmade in Japan〉ということ。日本での英語習得という目線から、日本語と英語の違いや、日本人の陥りやすい文法ミス(目的語や、所有格代名詞が抜けてしまうなど)も細かく指導することができるのが強みかなと思っています。また音楽や声楽の観点から、発音の仕組みやフォニックス(発音メソッド)を筋肉や舌の動き、表情筋の使い方を含めてお教えすることができるのではと思い、発音に特化したクラスを設けました。体の使い方の専門家でもあるオペラ歌手としての経験も踏まえて、顔の筋肉や体全体をフルに使った、日本から世界に通用する〈発音〉を磨いていくためのクラスを拡げていくのが、いまの目標ですね。」
音楽と英語で、人々の架け橋になりたいと願う村山さん。「教える時は厳しいんですよ」と、たおやかに微笑まれます。
「自分の勉強法を土台に、教える時は、生徒さん一人一人の課題に目線を合わせて指導することに気をつけています。また音楽家である自分という要素も活かすべく、海外の方のようなジェスチャーや表現、声音の変化も伝えるように意識しています。声楽のレッスンと同じく、対人なので、ヒートアップしたり、気づいて頂きたくて熱が入っちゃう時もあります(笑)。一生懸命英会話を習得しようとしている生徒さんには私も精一杯応えたいですが、やはり自分の口で話さないと上達はしません。
だから、受け身で受けてる生徒さんには"とにかく声に出して"とお声がけをしたり。また、アドバイスしたフレーズに対し、"あー、それそれ"って冷めた反応の生徒さんには"Please repeat after me! 言わないと覚えられませんよ"と、厳しくなることもあります。
ただ、こうして、皆さんを教えることを通じて、歌のレッスンでご指導頂く、私自身の喋り癖とも向き合っています。母国語に出ている癖や習慣は他言語にも反映されてしまうのです。私の歌の師匠がそれぞれの言語に精通されてらして、何よりも歌詞の言葉や、その意味を大事にされるので、私も英語を教える上でも、他言語のオペラや歌曲を歌う上でもまだまだ鍛えなきゃと思う毎日です。」
オンラインでも英会話レッスンをしておいでですので、ご興味を持たれた方は村山さんのホームページをご覧ください。ナレーションを担当された、医療用テクストのYouTubeリンクも掲載されています。
村山さんの、今後のますますのご活躍をお祈りしております!
(文:藤野沙優)
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